古典、Kanonの貫禄
不朽の名作、Kanonを今さらプレイしました。
率直な感想はただ一言、すごい。
20年前のゲームということもあり、ひとつひとつのシナリオがバケモノみたいに良い!!!ということはありませんでしたが、今でも十分通じるくらいの泣きゲーだと思います。
しかしKanonの本当にすごいなと思ったところは、シナリオというよりその構成でした。
Kanonにはヒロインが(佐祐理を除いて)5人いますが、その全ルートが最後ある「奇跡」によってハッピーエンドを迎えるというものになっています。
その奇跡のタネ明かしが行われるのがあゆルート、そしてその伏線が張られるのがその他4ルートです。
あゆ以外のルートでは、1月26日あたりに必ず同じシーンが挟まります。
それは、あゆが「探し物」を見つけた、というシーンです。
僕はあゆルートを最後にとってあったので、このシーンを全部で4回見たことになります。
そこまでされると、このシーンがめちゃめちゃ重要であるということは嫌でもわかります。
そして最後にプレイしたあゆルート。
この「探し物」が、かつて祐一があゆにそう言ってプレゼントした、「願い事をなんでも3つ叶えてくれる」という人形である、ということが明かされます。
そしてその願い事は、「俺にできることだけな」という制限付きでした。
それはもともと奇跡なんて大それたものではなく、1人の男の子が好きな女の子のために何かをしてあげたいという想い、その照れ隠しの一種。
ありふれた人を想う心でした。
あゆは、その願い事のうち2つを叶えてもらい、あとひとつは未来にとっておく(人形をタイムカプセルに入れておく)ことにします。
その願い事を他の誰かのために使ってもいいと言い添えて。
このタネ明かしを見たとき、僕はめちゃめちゃ衝撃を受けました。
今まで自分が選択し操作してきたものは、祐一の行動というより、むしろ「あゆが最後に何を願うか」だったのです(これは他ルートのエピローグでもほのめかされます)。
そしてそれを叶えるのは必ず祐一でなければいけなかった。
だから各ヒロインと祐一はハッピーエンドを迎えられた。
すべては幼い頃の2人の約束。
祐一があゆに託し、あゆが祐一に託した、最後の「奇跡」でした。
いや、美しい。
こんなにも美しいノベルゲームとしての企画構成が、20年も前に成されていたというのがとにかく衝撃でした。
すべてが同じところに収束し、人を想う心こそを奇跡と呼んでもいいかもしれないと思わせてくれる、大きな大きな感動を与えてくれる。
ただの泣きゲーではないぞ、と、貫禄たっぷりのまさに名作だと思います。